2002年11月17日


祈ることを教えてください
          ルカ11章1〜13節

すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえる。   (ルカ11章10節)

 ルカは何度もイエスは祈っておられたと書き記します。 ここでもイエスは祈っておられました。 そして弟子たちはイエスにお願いします。 「私たちにも祈ることを教えて下さい」。 弟子たちもユダヤ人ですから祈ったことがなかったとは思いません。 けれどもイエスが祈っておられる姿に接している中でどうしてもこのお方に教えていただきたいと思ったのです。 私たちもイエスに祈りを教えていただきましょう。

1.父への祈り
イエスは「祈る時には」と口を開きまず「主の祈り」を教えられます。 まず主に栄光を帰し、そして自らのために祈るのです。 けれども何よりもイエスがここで教えられたのは「父」に祈ると言うことでした。 それは神が私たちが親しく語ることのできるお方であることを示していましたし、私たちを愛し、祈りを待ちかまえるようにして、良い物を下さるお方ということです。

2.私たちの祈り
ここでイエスが教えられた祈りはいわゆる共同体の祈りです。 私たちは一人で自分のために祈ることもありますし、それもゆるされているのですが、同時に「食物」も「ゆるし」も「試みから守られること」も皆、「私たち」という視点がとても大切です。 そこでは自分勝手な祈りの入り込む余地はないのです。

3.求め続ける祈り
人間が相手であっても、どんな迷惑な求めも、求め続け、しきりに願っていくならば答えられます。 だとしたら、私たちを愛して下さる父なる神はどうして求め続ける者を無視されることがあるでしょうか。 なぜ求め続けるのでしょうか。
@それが必要だからです。 友人のためにパンが必要なのにそれが自分にない・・・という状況がそこにありました。 多くの求め・必要があるのに答えられない自分がいます。
A神はそれを与えることがおできになると知っているからです。 神は必要を満たすことがおできになります。
それでは、私たちが何よりも祈り求めるべき、私にないが神の与えることのできるものは何でしょうか。 それこそが「聖霊」なのです(13)。

 

(11/17 礼拝説教より)