これはわたしの子、わたしの選んだ者である。これに聞け。 (ルカ9章35節)
1.栄光の主
ペテロの信仰告白から約一週間後、イエスはペテロ、ヨハネ、ヤコブをつれて山に登られます。
ところがイエスさまの姿が変わり、白く輝いたと言います。
このときのことをペテロは一生忘れることができませんでした。
この時のことを思い起こしてペテロはああ主イエスはまたあのときのように栄光の中に地上に帰ってこられるとその最後の手紙の中で言っています。
私たちはもう一度確認したいと思います。
イエス・キリストは単なる偉人だとか並はずれた能力の持ち主と言うことではない。
王の王、主の主、神のひとり子なのだということです。
私たちはまさにそのようなお方を主として信じているのです。
2.貧しい主
栄光の姿のイエスの所に二人の人が現れました。
一人はエリヤであり、もう一人はモーセでした。
イエスはここで彼らと相談をなさったのです。
何について相談なさったのでしょうか。
エルサレムで遂げようとしている最後のことについてと口語訳の聖書にはなっていますが、「最後のこと」と訳されている言葉の元々の意味は「出エジプト」という意味なのです。
出エジプトとはエジプトで奴隷であったイスラエルの民が神の力強い御手によって解放されて、エジプトを出ていくという旧約聖書の中心的な救いの出来事です。
言い換えるならここでイエスさまがエリヤやモーセと話していたのは、これからエルサレムでイエスがなそうとしていた救いの出来事についてであったのです。
イエスは私たちの救い主としてきてくださいました。
それは決して道をならすブルドーザーのように来られたのではなく、ご自身がみんなに踏まれるような道となって、私たちを主の元に導いてくださる。
そのために、あの栄光のお方が貧しくなってくださった、醜くなってくださった、恥ずかしさを、痛みを苦しみを負ってくださったのです。
雲の中から声がしました。これはわたしの子、私の選んだものである。
これに聞け。私たちはこの栄光の主、僕なる主として来られたイエスに聞き、従っていくように求められているのです。