2002年8月25日


みんなを満腹させたイエスの祝福
          ルカ9章10〜17節

イエスは五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福してさき、弟子たちにわたして群衆に配らせた。みんなの者は食べて満腹した。そして、その余りくずを集めたら、十二かごあった。   (ルカ9章16,17節)

1.問題の大きさ
弟子たちはだんだん心配になってきました。 日が暮れ始めてきたからです。 早く群衆を解散させないと真っ暗になってしまう。 彼らはある意味で群衆のことを心配していたとも言えます。 けれどもイエスが弟子たちに求められたのは彼らの手で食べるものをあげて欲しいと言うことでした。
私たちの置かれている今の時代の状況はどうなのでしょうか。 もちろん目に見えるパンは豊かにあるかもしれない。 けれどもちょうどイエスさまがごらんになったように日本の人々の姿は飼う者のない羊のような有様ではないのか。 問題はあまりにも大きいのです。

2.私たちの小ささ
私たちは今の時代の中で、神の前に責任を果たすように求められています。 けれどもそこで私たちは自分の弱さ・小ささに直面させられるのです。 彼らの手元にあったのは5つのパンと二匹の魚だったからです。 どう考えても絶対量が足りない。誰かが我慢すれば何とかなるという域を超えています。
パンがないと言うことも大きな問題だったかもしれません。 けれどももっと大きな問題はパンの問題ではなく、彼らがここでそこにおられるイエスを仰ぎ見、神に信頼することができなかったと言うことです。

3.豊かに養ってくださる神
イエスはその5つのパンと二匹の魚を手にとって祝福し、弟子たちによって人々に配らせました。 そのパンと魚は祝されて、男だけで5千人、女子どもを入れると2万人とも言われる人々が誰一人ひもじい思いで我慢することなく、みな満腹し、そのパンくずのあまりだけでも12のかごにいっぱいになったというのです。 神様が満たしてくださる、養ってくださると言うときに、それは決して半端なことではありません。 とても豊かな養いを神様は備えていてくださいます。 弟子たちがみな5つのパンと二匹の魚を見、自分たちの軽い財布を思い、そして大勢の群衆を見ていたときに、イエスは天を仰がれました。私たちの生涯に転換をもたらすのもまさにそこなのです。
神様はあなたを満たしてくださるだけではなく、あなたが用いられて多くの人が満腹するような恵みの御業を行ってくださるのです。

 

(8/25 礼拝説教より)