2002年1月20日


日曜日を祝福される主
          ルカ6章1〜11節

安息日を覚えてこれを聖とせよ。 (出エジプト20章8節)
人の子は安息日の主である。   (ルカ6章5節)

1.安息日の意味
@神様が世界を創造された時、神様は七日目に安息日を創造されたのです。 そして神は人にも一週間に一日は仕事を休み、神と共に過ごすことを求めておられます。 神様はそのために一日を開けておられるのです。
Aこの安息日が大きな意味を持つようになってくるのは出エジプト以降です。 神はイスラエルの民に十戒を与えられます。 その第四戒が「安息日を覚えてこれを聖とせよ」でした。 この日に自分たちの救い主なる神を礼拝すべきだったのです。
Bこの安息日はイエスの復活・聖霊の降臨によって大きく変わりました。 イースターもペンテコステも、日曜日だったのです。 教会ではイエスの復活を喜び、降って下さった聖霊を記念する日曜日を安息日として守るようになっていくのです。

2.安息日の過ごし方
@自分のことを「やめる」
「安息日」という言葉は「やめる」と言う語から来ています。 安息日はやめる日なのです。 私たちはこの日に自分のやっていることを一時中断し、神の前に過ごします。 そして主権者が自分ではなく、神御自身であることを告白するのです。
A神の喜ばれることをする
イエスは安息日には何もしないということが大切なのではなく、神が喜ばれる良いこと・善を行うべきだと教えられました。 それは私たちが神に近づき、神を礼拝することです。 神の前にへりくだり罪を悔い改め、信仰をもって救いをいただき、自分を神にささげることです。 そして、人を愛し、人のためになることをしていく。 それが安息日の過ごし方です。
イエスは「人の子は安息日の主だ」とおっしゃいました。 ここでは「主」という言葉が非常に強調されています。 安息日の主語はイエス様なのです。 私が聖日厳守する。 私が善行をするというのではない。 主がこの日を造られ、この日を聖別され、この日を祝福され、この日を恵みで満たされる。 主が私たちを礼拝に招き、主が人を生かす働きの中に私たちを招いていてくださるのです。
神様、この日はあなたのものです。 私たちは週に一回もう一度原点に立ち返り、主語をリセットします。 そして安息日から、一週間の歩みが始まっていきます。 それから続く一週間の歩みもまた、聖日によって決まっていくのです。

 

(1/20礼拝説教より)