2001年12月23日


大きな喜びの知らせ
          ルカ2章8〜20節

恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びをあなたがたに伝える。 きょうダビデの町にあなたがたのために救い主がお生まれになった。 この方こそ主なるキリストである。  (ルカ2章10,11節)

1.大きな恐れ
 羊飼い達は天使が現れた時に大きな恐れを感じました。 それは単にびっくりしたというようなことではありませんでした。 昔ユダヤでは、神を生きながら見たものは死ぬと考えられていたのです。
 ある意味で彼らの反応は極めて正常だった言えます。 神がおいでになる。 神が近づかれる、とすれば、罪を持ち、汚れた私たちは滅ぼされても何の文句も言えないのです。 けれどもそんな恐れの中に主は来てくださいました。 そして主は恐れている私達に「恐れるな」と語りかけ、励まし、慰めを与えてくださるのです。

2.大きな喜び
@すべての民のために、そして同時に、あなたがたのために・・・ このメッセージを聴いたのは羊飼い達です。 彼らは自分達に救い主が必要であることを素直に認めることができました。 貧しく、また救いから遠いと考えられていた人々。 彼らのために救い主がきて下さったのです。
A主なるキリスト・・・ 「キリスト」と言う言葉は神によって特別に立てられた者・救い主という意味がありました。 救い主。そうです。 彼らは救い主を待ち望んでいました。 救いが必要だと考えていました。 ただ当時の人々が期待していたのは、ローマ帝国からの救いであり、彼らに政治的自由を与えてくれる軍事的なメシヤ・キリストでした。 けれども神様のお考えは違いました。問題は政治的な独立が得られていないことではない。 彼らの心の罪、神に背く思いこそが問題だ。 そしてその問題に解決を与え、罪から解放し、自由にするためには主ご自身が人になってこの世に来てくださる必要があったのです。 助け手ではない、主ご自身が来て下さった。 それこそが、クリスマスの大きな喜びなのです。
Bしるし・・・ けれどもその救い主にはしるしがありました。 それは布に包まって飼い葉おけに寝ているということでした。 主なるお方が、これ以上貧しい姿はないというような姿になって生れてくださった。 これはその後のイエスの生涯をも暗示しています。 馬小屋に生れたイエスは苦難と悲しみの生涯を送り、最後は十字架について死んでくださいました。 十字架こそが救い主のしるしです。馬小屋に生まれ、十字架に死んだ救い主。 あなたの救い主はただ一人、あなたのために十字架にかかって死んでくださったイエス・キリストだけなのです。

 

(12/23礼拝説教より)