2001年12月2日


時が来れば成就する私の言葉
          ルカ1章5〜25節

時が来れば成就するわたしの言葉・・・  (ルカ1章20節)
主がお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんと幸いなことでしょうか。  (ルカ1章45節)

ゼカリヤとエリサベツの夫婦は二人ともレビ族でアロン、祭司の家系で神の御前に正しい人でした。 けれども二人ともすでに年老いて、子どもがいませんでした。
ザカリヤがくじに当たり聖所での務めをしていた時に、神はゼカリヤに語りかけ、彼を真実な御言葉の前に立たされたのでした。 御使いガブリエルを通して神が語られた「時が来れば成就する私の言葉」というお言葉を中心にして学びたいと思います。

1.語られる神
ガブリエルは遣わされて神の言葉をザカリヤに伝えました。 「あなたの祈りが聞き届けられた」。
神は今も私たちに語りかけられます。 私たちに聖書を与えて、その御言葉を通して私たちに語り続けられるのです。

2.事実になる言葉
神は一度、口に出された、語られた言葉を決して変えられることはありません。
神が語られたと言うことはまさしくそれが起こったと言うことと同じなのです。 神の定められたベストタイミングで神の言葉は必ず、100%成就するのです。

3.信じるべき言葉
自分に語られる御言葉として言葉を聞く時に私たちに求められるのは御言葉を信じることです。
神様はなぜゼカリヤやエリサベツにもっと早く子どもを授けなかったのでしょうか。 それは、彼らが神が全能の方であることを知るためであり、生まれてくる子どもが偶然ではない、神の選びの中にある特別な子どもであることを知るためであり、イエスがこの世に来られるそのタイミングに合わせるためでした。 後にエリサベツたち以上に難しいことをマリヤが信じなければならなくなった時、エリサベツはマリヤと共に過ごしたのでした。
神のこの言葉はその深い知恵に基づいたものだったのです。 私たちに求められることは信じると言うことです。 神の言葉を信じ、その言葉を語られた神御自身に信頼することなのです。 神が語っておられるなら間違いないと、神にすがり信頼して一歩を踏み出していく、それが大切なのです。 それは一か八かのギャンブルではありません。神は100%確かです。 神の言葉を信じて生きていくほど確かなことはありません。
神は信じる者の内に実現していく恵みの言葉をかけ続けてくださるのです。

 

(12/2礼拝説教より)