2001年10月14日


誘惑の荒野での勝利
          ルカ4章1〜13節

あなたがたは、この世では悩みがある。しかし勇気を出しなさい。 わたしはすでに世に勝っている。  (ヨハネ16章33節)

様々な試練に会う時に私たちを神様から引き離そうとするどんなに強い悪魔の働きがそこにあったとしても、それを越えて、私たちを大きな愛で愛し、私たちをその試練の中に置いて磨き造り上げようとされる神の力強い御手がいつも働いていることをまず覚えたいと思います。
イエスはその試練の荒野で悪魔の誘惑に打ち勝ち、神に従い通してくださいました。 悪魔との戦いにおいて大切な三つのことがあります。

1.悪魔との戦いの中にある事を知る
私たちの戦いは血肉に対する戦いではありません。 悪の霊との戦いなのです。 悪魔はいつもこれをすり替えてしまいます。
私たちは悪魔との戦いのただ中に置かれています。 ところが私たちは案外、悪魔と戦おうとしません。 悪魔は私たちの願いや欲望をいつも支持してくれるからです。
私たちは悪魔の策略を知らなければなりません。 悪魔がどんなに甘い顔をして私たちに近づいて来たとしても、彼らの意図は私たちを滅びに追いやることだからです。

2.御言葉を握る
イエスは悪魔と対峙された時に、聖書の御言葉をもって悪魔に立ち向かわれました。 聖書の御言葉こそは悪魔に対する御霊の剣、悪魔に立ち向かって勝利するための唯一の武具です。 御言葉による以外に私たちに勝利の道はありません。 聖書は私たちに命を与え、勝利のうちに導きます。
大切なことは @御言葉を読むこと、 A御言葉を口ずさみ心に蓄えること、 B御言葉を信じること、 そしてC御言葉に従うことです。

3.十字架の道を歩む
これら三つの誘惑はイエスを十字架の道から引き離そうとする誘惑でした。 大体、人々が必要とし、求めているのは十字架ではなく、パンなのだ、成功や栄華なのだ、びっくりすることなのだと悪魔はイエスに語りかけたのです。 けれどもイエスはあくまでも十字架の道を進もうとされたのでした。
イエスは単なる模範ではありません。 イエスは私たちの代わりに十字架にかかって私たちの罪を負って死んでくださいました。 この悪魔に勝利されたイエスによってのみ私たちは罪から自由にされ、罪に対して勝利をしていくことができるのです。

 

(10/14礼拝説教より)