2001年10月7日


さらに力のある方をみつめて
          ルカ3章1〜22節

私は水でバプテスマを授けるが、わたしよりも力のある方がおいでになる。 わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。 (ルカ3章16節)

「私よりも力のある方がおいでになる」。ヨハネが言った、私より力のある方、それがイエス・キリストでした。
ある日、イエスはヨハネの所に来て、バプテスマを受けられます。 その時鳩のように聖霊が下り、天から声がしました。 「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。

1.さらに力ある王なるイエス
 実はこの天からの声は、旧約聖書の二つの聖句から来ているのだと言われます。 前半は詩篇2篇7節。 これは王の子として生まれるお方としてのメシヤ・救い主について預言している御言葉です。
 イエスはさらに力ある王として来て下さいました。ヨハネは言いました。
さらに力があるどころではない。 神の霊がその方を通して注がれ、その方はまた裁き主として君臨されるぞ、とヨハネは言いました。 イエスは王なるお方、すべてに勝るお方です。 このお方こそがすべての主権をもっておられます。 このお方の前に私たちはただただひれ伏し、礼拝をささげるのです。

2.偉大なるしもべイエス
天からの声の後半はイザヤ書42章1節の引用です。 これは神様はやがて救い主を送ってくださる。 そしてこのお方はしもべとして来てくださるのだというのです。
@イエスは父なる神のしもべでした。
イエスは父なる神の声を聞き、その御声に従われました。 イエスのしもべとしての姿は十字架を前にして祈られたゲッセマネの祈りにとてもはっきりと表されています。 「父よ、この杯をわたしから取りのけてください。 けれどもわたしの思いではなくあなたのみこころがなりますように」。 イエスはまさしく神のしもべとして、罪を犯してしまった人類を救う神の救いのご計画を実現するために、この世に遣わされ、神の御旨を最後まで全うしてくださったのです。
Aイエスはわたしたちのしもべとして仕えてくださいました。
イエスは父なる神に仕えられただけではなく、僕となって、私たちに仕えてくださいました。 私たちの汚い罪を負って、十字架の上で死んでくださったのです。
この力あるお方を信じすがる者をこの方はみな救い、祝福のうちに歩ませてくださるのです。

 

(10/7礼拝説教より)