2001年9月30日


心の豊かさとはどのようなものなのか、聖書から学んでいきたいと思います。

1.状況に左右されない平安
 平安は恐れのない安心した心のことです。 それは決して何も問題のない状態をいうのではありません。 現実をしっかり見すえつつ、でありながらも揺れ動かないものを心に持っている。
 平安を心の中に持っている人は、広く、全体的な視野から見ることができます。 遠くを見すえ、いつも希望を持ち続けています。 そして見えないものを見ています。 私たちの見えている部分というのは全体のほんの一部です。 平安に守られている人は見えない部分に目を注ぐことを知っています。
 イエスはまさしくこのような方でした。 イエスは十字架につけられる前の夜に弟子たちにこうおっしゃいました。 「わたしの平安をあなたがたに与える」。 イエスは十字架を前にしても心に平安を持ち続けておられたのです。

2.悲しみを知っていること
 豊かな心の持ち主は悲しみを知っています。 多くの場合、悲しみを正しく受け止めていくと、その悲しみがその人の心をしっとりと濡らし、豊かにしていきます。 悲しい経験が、こんどは同じような痛み・苦しみ・悲しみの中に置かれている人々を慰め、励ます力になっていくのです。
 聖書はイエスが悲しみの人で病を知っていたと語ります。 ですからイエスはあなたのことを思いやり、あなたが悲しみの中にいるときにもそばにいて、深い慰めを与えてくださるのです。

3.与える喜びに生きていること
 心の豊かな人は、弱い人と同じ目線をもちながら一緒に歩み、見返りを期待せずに愛を与えていきます。
 これもまたイエスの内にあったものです。 イエスは神の子としての位を捨てて、この世に来て、人々に愛を注ぎ、人々のためにすべてをいのちさえも与えてくださったのです。
 けれどもここまで来て、私たちは自分たちの心を見て、こう問い直します。 わたしの心は本当に豊かだろうか。
 イエスは「心の貧しい者たちはさいわいである」と言われました。 イエスの言われた心の貧しい人とは、自分の心の貧しさに泣いて、必死で「神様、助けてください」と神の憐れみ、恵みを求める人のことです。 そして神様はそのような祈りを決して聞き逃すことはないのです。

 

(9/30礼拝説教より)