2001年9月23日


昇天する前の主の言葉
          使徒行伝1章1〜8節

ただ聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、 ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまでわたしの証人となるであろう。 (使徒行伝1章8節)

十字架にかかって死んで、けれども三日目によみがえってくださった主イエスは天に帰られる前に弟子たちに大切なメッセージを残されました。 これから弟子たちは目に見える形ではイエスと離れていなければならない。 けれどもこのことだけ覚えていれば大丈夫だと言うかのようです。

1.エルサレムを離れないで
 エルサレムはアブラハムがその子イサクを神にささげた場所、ソロモンがその神殿を築いた場所でした。 その町は必ずしもよい思い出ばかりの場所ではなかったかもしれません。 その町で弟子たちはイエスを見捨て裏切り、イエスは十字架について死なれました。
 けれども主イエスの十字架は私たちの罪のためのあがないの完成された場所でもありました。 イエスは弟子たちが聖霊を受けるまでは一つになってエルサレムに、そのあがないの場所にとどまるようにと願われたのです。

2.父の約束を待て
 父の約束とは何だったでしょうか。 それは信じ、待ち望む者たちに聖霊を下さるという約束でした。 そのお方は私たちの慰め主であり、私たちの助け主、罪と義と裁きについて私たちの目を開き、イエスのお言葉を思い起こさせ悟らせてくださる方。 このお方が共におられる時に私たちは力強い歩みをしていくことができる。 それが旧約聖書から続くところの父なる神の約束、最高の祝福だったのです。
 けれども私たちが約束のものを受け取るためには時に待つということが求められることがあります。 約束してくださった神を信頼して待つ者に主は応えてくださいます。

3.わたしの証人となる
 聖霊が与えられるのは私たちの利益、私たちが得をするためではありません。 それは私たちが「主の証人」として生きるためです。 弟子たちは一番大事なときにイエスを見捨てて逃げていき、イエスが復活された後も、恐れて戸を閉じてこもっているような人々です。 けれども、イエスは彼らに聖霊が与えられる時に、彼らは力を受けて、エルサレムはもちろんのこと、地の果てまで「わたしの証人」となると約束されたのです。 そして、このイエスの言葉はペンテコステの朝に実現し、今、信じて待ち望む私達にも実現するのです。

 

(9/23礼拝説教より)