2001年9月16日


実を結ぶ悔い改め
          ルカ3章1〜14節

だから悔い改めにふさわしい実を結べ。(ルカ3章8節)

神は私たちに実りある豊かな人生を与えようと願っておられます。 そして聖書は「本物の悔い改めをしないと結べない実がある」と言います。
「悔い改め」はキリスト教のとても大切なステップです。
1.迫っている神の怒り
神は怒られるお方だと聖書は言います。 きよい正しい神は、罪を犯し、不義を行いながら、平気でいる民に対して怒られるのです。 神はこわいお方と考える必要はありません。 けれども罪を罪と知りながらその中に止まり続けることは神に対する大きな冒涜であることを思います。 罪に止まり続けてはなりません。 神は怒られる方なのです。

2.罪のゆるしを得させる悔い改め
けれども同時にヨハネが宣べ伝えていたのは悔い改める時に、神はゆるしを与えてくださるというメッセージでした。 悔い改めとはどういうことでしょうか。
@罪を認めること  まず自分が罪人であり、神の御心を痛め、神の怒りの下にあるのだということを認めることです。 それは、私たちがまず神を神として認めないで歩んできたこと、そして具体的に何か大きな間違いをしないまでも、心の中に人を憎み、恨み、妬んで、持っている苦々しい思いを神様の前に認めることなのです。
A告白すること  罪はできるだけ隠しておきたいものです。 けれども自分のしたことはしたこととして告白していくことが大切です。 「罪を告白するなら、神は真実で正しい方だからその罪をゆるし、すべての不義からきよめてくださる」(Tヨハネ1:9)のです。
B方向を変えること  悔い改めはいわゆる「ざんげ」とは違います。 悔い改めは自分が神の方を向いていなかったことを認めて方向転換することなのです。 それは当然、その後にそれまでとは違った歩みをもたらしていきます。 それをヨハネは「悔い改めにふさわしい実を結べ」と語ります。
ヨハネは人々に悔い改めを勧め、救い主を待ち望ませたのです。 そしてやがて来る救い主によって、悔い改める者は罪赦されるのだと語ったのです。
本当は悔い改めたからと言って罪が赦されるわけはない。 けれども神はイエス・キリストの十字架のあがないのゆえに、私たちが自分の罪を認めて、告白する時に赦してくださるのです。
特伝に向けて様々な備えもありますが、まず私たち自身が罪を悔い改め、神の恵みを待ち望みたいと思います。

 

(9/16礼拝説教より)