あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。 ただし、わたしとわたしの家とは主に仕えます。(15節)
百十歳でその生涯を終えようとしていたヨシュアが最後に人々に語ったのは「主に仕えよ」ということでした。
仕えるということ
お金に仕えている人がいます。
自分の思い通りにと言う言葉に隠れて結局は罪に仕えている人がいます。
私たちは主に仕えるべきです。
そして、私たちにとっていろいろな奉仕も大切でしょうが、何よりも大切な働きは、「礼拝」です。
それは日曜日の朝だけのことではないでしょう。
実は私たちの全生涯が「礼拝」なのです。
2.仕えるべき主
あなたは「主」に仕えなさい。主とはどのような方でしょうか?それは
@先祖を選び出された神 異教の神々の中にいた人々からアブラハムを選んで救ってくださったのは主です。
神は私たちを愛してくださって、私たちをも選んでくださったのです。
Aエジプトから救い出してくださった神 このお方はエジプトから奴隷であったイスラエルを救い出してくださった方。
同じように神は私たちを罪の奴隷から解放して下さったのです。
B呪いを祝福に変えてくださった神 イスラエルの脅威感じた一人の王が人を使ってイスラエルに呪いをかけようとしました。
ところが、その雇われた呪術者が、呪うために雇われたのに、祝福してしまうということが起こりました。
神はどんな呪いも祝福に変えて下さるのです。
C勝利を与えてくださった神 この主はイスラエルに勝利を与え、武器も軍隊も多いカナンの先住民たちに勝利させて下さいました。
神は今も私たちに勝利を与えて下さいます。
3.本当に主に仕えられるか
イスラエルの人々の中にはエジプトや占領地の神々を大事に抱えたままの人々がいました。
まずその異教の神々を除き去りなさい。あなたがたの神はねたむ神だ。
神は私たちが神ならぬ者に仕えようとする時に、いいよ、いいよと言えないのです。
神は熱い思いで私たちを愛しておられるからです。
私たちは、共に「私たちは主に仕えます」という決断をしたい。
整理すべき事があるなら整理させていただき、大胆に主に従わせていただこうではありませんか。