2001年8月5日


神の知恵を求めて
          ヨシュア9章3〜15節

あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。  (詩篇119篇104節)

 ギベオンという町はイスラエルにはかなわないだろうと結論を出しました。 ただし、どうやらイスラエルの民はカナンの住民は皆滅ぼすように言われているらしい。 そうだ、とにかく、自分たちはカナンではなく遠くに住んでいると嘘をついて、とにかく平和条約を結んでしまおう。
 ギベオンの町の住民は代表者をヨシュアたちの元に送ります。 ボロボロの服を着て、いかにも遠くから旅を続けているかのように見せかけて、彼らの所に行き、ぜひ平和条約をと求めたのでした。 そしてイスラエルの民は見事にだまされてしまったのでした。

1.巧妙な「悪魔の策略」 
 私たちの敵である悪魔もまた策略を用いてきます。 神の前における素直さ純粋な信頼の姿勢が必要なことは言うまでもありませんが、悪魔の策略をしっかりと見抜けるよう賢くなければならないのです(マタ10: 16)。

2.私たちの心のすき
 心に隙ができやすい時があります。
@勝利の後・・・イスラエルはアイへの勝利に酔いしれていたでしょう。 恵まれれば恵まれるほど、私たちは注意深く、また謙虚でありたいと思います。
Aほめられた時・・・ギベオンの住民たちはヨシュアとイスラエルの民の前に出て、思いつく限りの美辞麗句を並べます。 認められるのは嬉しいものです。 日本人はもっと素直にほめ言葉を受け取ったらよいと思います。 けれども同時にほめられてもこの世では決して完成品ではないことも覚えましょう。
B小さいことで・・・私たちは小さいことをするときにこそ祈り深くありたいと思います。

3.主のさしず
@主の知恵
 人間の知恵だけに頼ることは非常に危険です。 神に従い、神の御旨の中を歩むことはこの地上においては何とも損と思える時があります。 けれども主の知恵は深いのです。 高いのです。
A求めるところに
 私たちは主の知恵を求めたいと思います。 神は求めのないところには、多くの場合、お答えになりません。 自分で何でも決めてしまう前に、一言の祈りをしましょう。 神さまの知恵を与えられ、その中を歩んでいる者は本当に力強い勝利の歩みができるのです。

 

(8/5礼拝説教より)