2001年7月15日


僕に徹して 
          ヨシュア5章13−15節

あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたが立っている所は聖なる所である。 (ヨシュア5章15節) 

イスラエルの民の目の前にはエリコの町があります。 いよいよ戦いが始まろうとしています。 けれどもヨシュアはなおそこにたたずむのです。
私たちの歩みの中にもそんなたたずむ瞬間があります。 神様の約束は持っている。いろいろな過去の経験や知恵もある。 けれども前にたちはだかるいろいろな問題や困難のゆえに足がすくむ。
けれども彼が目を上げたとき、一人の人が抜き身の剣を持ち、こちらに向かって立っていました。 「あなたはどちらの味方ですか」というのは彼の素朴な、けれども非常に真剣な問いでした。
ところが彼は「いや、私は主の軍勢の将だ」と言う。 そこには何も見えていない。けれどもイスラエルがこれから戦おうとする戦いにおいて主の軍勢がそこにいる(詩篇34:7;2列王6:16)。
けれども、ヨシュアの問いに対してその人はお前がまず私の僕となれと語るのです。 ヨシュアはそこにひれ伏し拝したのでした。

1.僕として生きる決断をする
 難しい、困難な戦いを前にして、私たちにも「主の軍勢の将」として立ってくださる方がいる。 けれども大切なことは私たちがその方の前に僕となれるかということです。
私たちは気をつけていないと、神様さえも自分の家来とし、僕として、自分の意志を通すために使いかねない。 私たち人間はどこまでも神様の前に僕として生きるべきなのです。
抜き身の剣。 まさにそれは真剣勝負でした。 お前が前に行くのか。 それとも私の後ろにつくのか。

2.御言葉に従う
 僕は主人の言葉に従います。 疑問を挟むことはしません。 主の軍勢の将がヨシュアに語ったこともとても奇妙なことでした。 一日一回、6日間エリコの町を巡れ。 そして7日目は7回。
最後の瞬間まで何も不思議なことは起こらない。 けれども彼らが従い通して大声で呼ばわったときに城壁は崩れた。
ひとつひとつ忠実に神の言葉に従っていったときに神のみわざは表されたのです。

 

(7/15礼拝説教より)