あなたがたが先祖伝来の空疎な生活からあがない出されたのは、 銀や金のような朽ちる物によったのではなく、 きずも、しみもない小羊のようなキリストの尊い血によったのである。 (1ペテロ1章18-19節)
1、ラハブはなぜ救われたか
@イスラエルの歩みの背後に「主」を見た
ラハブはイスラエルとその周辺に起こっていることどもを見るときに、何かすごい!というだけではなく、またイスラエルの強さ・運の良さではなく彼女はそこに「イスラエルの神、主」の力強い働きを見、その主を認めたのです。
A命がけの服従
彼女はただイスラエルの神を恐れるだけではなく、そのイスラエルのスパイをかくまいました。
彼女にはそのスパイを差し出すという選択もあったでしょう。
しかしイスラエルの主を恐れるラハブはその信仰をイスラエルのスパイをかくまうという形で表したのです。
彼女はここでイスラエルの神の側につきました。
命がけの服従がそこにはあったのです。
B「言葉」を信じて、赤い糸を窓に結んだ
そのスパイの「言葉」は信じて大丈夫と彼女は信じました。
そしてすぐに窓に赤いひもを結んだのです。
赤い糸こそが救いと滅びとを分ける境でした。
この赤い糸とはイエスの十字架をあらわすのだとよく言われます。
このイエスのもとにその十字架に身を寄せるものは救われるのです。
2、主に向かって目を上げる
@自分の命の救い
一番救われるはずのない、死ぬべき彼女が救われたのでした。
ラハブだけではありません。
私たちは自分がどんなに救われるはずのない存在であったかを知らなければならないでしょう。
A親族の救い
彼女はこの救いを親族のためにも求めずにはおれなかったでしょうし、必死でその赤い糸の部屋に来るように彼らを誘ったでしょう。
そしてラハブの信仰と命がけの行為によってその親族も救われたのでした。
B異邦人でありながら救い主の系図の中に入れられた
ラハブはイスラエル人と結婚し、その4代後の子孫にダビデが生まれていきます。
そして後には、ラハブの時代から千五百年後、彼女の子孫としてイエスが生まれたのでした。
神の救いは何とダイナミックなことでしょうか。