ダビデの悔い改めの詩編の一つとされています。ダビデはイスラエルの歴史の中でとても重要な役割を担った王です。普通はそのような歴史上の重要人物の物語は美化されていくものです。しかし、聖書はその登場人物についてもとても正直に語ります。あの神に愛され、神を愛し、賛美が大好きで、多くの勝利をイスラエルにもたらしたダビデが部下の妻と姦淫を行い、そのことが明るみに出ることを恐れて、部下を殺してしまったのです。
ダビデも最初は全部もみ消してしまおうとしました。そして、それは権力を握った人が昔も今もよくすることだと思います。しかし、ダビデは「私は、罪を犯しました」とそのことを認め、神の前に罪のゆるしを求めます。罪が洗われ、雪よりも白くされることを求めます。そんなことがあり得るのでしょうか。驚くべきことなのですが、主は私たちのためにも清い心、新しく確かな霊を与えてくださいます。主は砕かれ悔いる心を決してないがしろにされることはないのです。