詩編48編1~15節

この方こそ神、代々とこしえに我らの神。
神は、死を越えて、私たちを導かれる。(15)

 「神の都」「聖なる山」「シオンの山」と歌われているのはエルサレムのことです。エルサレムは山の上の町で、東・西・南は深い谷で囲まれ、自然の要害でもありました。ダビデがその町をイスラエルの都に定め、そこをダビデの町と呼んだのですが、ダビデはそのエルサレムの北側の高地に神を礼拝する場所を確保し、その子ソロモンが、そこにエルサレムの神殿を築きました。それはまさにこの国にあって、主なる神こそが王なるお方なのだということを象徴的に示しているものでもあったのです。
 エルサレムの神殿にはその礼拝の中心である聖所だけでなく、広い庭がありました。そこも含めて神殿でした。そこで神が賛美され、そこで、人々は主の慈しみに思いを向けました。そして、この詩編の作者は言います。「神は、死を越えて、私たちを導かれる。」私たちの地上の生涯はとても短いものです。しかし、神は、死を越えて、私たちを導いてくださる。私たちは、死で終わることのない、神の計らいの中に置かれているのです。