四二編と四三編はもともと一つの詩編だったと言われるのは、5節にある言葉が四二編の中でも繰り返されているからです。魂がうち沈むような、呻き声を上げたくなるような状況があります。しかし、この詩編では、「神を待ち望め」と言います。神を信じて待つ。それは見えない神に信頼するということです。この作者は「なぜ」と自分の魂に問いかけながら、自分の魂に「主を、待ち望め」と語りかけます。それは自問自答という以上に、自分の中にある思いをそのまま言葉にし、神の御前で問う中で、神からの励まし、また招きの言葉として、この言葉を聞くのです。
そして、この作者はなお様々な苦しみや困難のなかにありながらも、神をほめたたえることを始めます。「御顔こそ、わが救い」と信仰の告白をします。まだ救いの現実は起こっていなかったとしても、救いを与えてくださる主に信頼して、御顔を仰ぐのです。