世界はすべて主が造られました。海や山や川も、そしてそこに住むものもすべて神の御手の業です。その主の御前に私たちは恐れをもって近づきます。
「主の山」というのは基本的にはエルサレムのことです。エルサレムは山の上の町です。しかし、「誰が主の山に上るのか」と問われる時、それは単にその場所に行く、そこに立つという以上の意味を持っています。主に近づくことを許されるのは誰かという問いなのです。そこで求められるのは身分が高いとか、多くの財産を持っているとかということではありません。汚れのない手と清い心をもって、主に近づこうとすることです。
エルサレムは王の都です。しかし、イスラエルにおいては、目に見える王以上に、主が王として国を治め、国を導き、勝利を与えてくださるという信仰に立っています。「栄光の王が入る」。私たちの心にも主は勝利者なる王として入ってくださいます。喜びをもって主をお迎えしましょう。