悪しき者は心のまっすぐな者に危害を加え、おとしめようとしています。しかし、この詩編の作者には、鳥が危害を加える者の手を離れて飛んでいくように、危険が迫る中で逃げる場所があります。ですからこの作者は「主のもとに私は逃れた」と言います。私たちにはどんな危険な時でも、安全に守られる場所があります。敵がどんなに私たちを脅し、私たちを滅ぼそうとしたとしても、主のもとにいる人に手を出すことはできません。
主は聖なる宮におられ、天にその御座を置いておられます。主は私たちを見つめておられます。正しい者を見て、その愛の御顔を向けてくださいますし、悪を行う者たちを見過ごすことなく、正しい裁きを行ってくださいます。主に信頼し、すがりつつ歩む私たちには、私たちを見つめてくださる主のまなざしはとても温かく、また真実です。主のもとに逃げ込み、身を寄せる歩みは決して後ろ向きではありません。主は私たちを温かく迎えてくださるのです。