「不正」を行う者がいます。おごる者、悪事を行う者、偽りを語る者、血を流す者、欺く者がいます。そういった生き方をする者がこの世では成功し、栄えることがあるかもしれません。しかし、そのような生き方を主が喜ばれることはありません。そのような生き方をする人は主の前に立つことができませんし、どんなに一時的に栄えているように見えたとしても、その繁栄は一時的なものであり、主はそのような者を滅ぼされます。
しかし、この詩編の記者は主のもとに逃れます。主の豊かな慈しみ、その契約に対する変わらない真実を思い、主を畏れ敬いつつ、その宮に入っていきます。そして主を伏し拝むのです。そこにこそ、この詩編の作者の喜びがあります。。作者は主を礼拝する人々と共に、主を喜び歌います。その賛美はいつまでも続きます。主は主に身を寄せる者を確かに守り、祝福し、救ってくださるのです。