神はさらにレビヤタンについて語られます。(新改訳では章の区切りが聖書協会共同訳とズレて、レビヤタンに関する記述は全部四一章になっています)。ユダヤの伝承の中ではベヘモットとレビヤタンは終末において裁かれる象徴的な存在とされているようです。レビヤタンは大きな力を持っていて、人間の手には負えません。私たちはレビヤタンを恐怖をもって見つめるかもしれません。しかし、それもまた神に造られた被造物であり、神の御手の下にあります。そして神は、レビヤタンを創造されたお方として惚れ惚れとするようにしてこれについて語られるのです。
レビヤタンを恐れる人間が、神を恐れることなく、神に対決を挑むとしたら、それはとても愚かなことです。もちろん、私たちには理解できない現実があるかもしれません。しかし、すべてを治めるお方の前に私たちはどこまでも謙虚に立つことを求められているのです。