正しい人が苦しみ、悪しき者が栄えるとしたら、悪しき者は悪しきことを続けた方が得なのでしょうか。いいえ、神はすべてを見ておられますし、正しい裁きを行われる公正なお方です。しかし、正しい歩みをしてきた者がどうしてこんなに苦しむことがあるだろうか、という中で、エリフは「神は苦しむ人をその苦しみによって救い、彼らの耳を虐げによって開く」と語ります。それは、苦難が神への背きに対する罰ではなく、神が苦難を通して救われるということがあるのだというのです。また苦しみの中を通ることによって、私たちの耳が開かれ、それまで知らなかった神の恵みを知るようになるということが起こります。これはまさに苦難に教育的な意義があることを示唆した言葉です。苦難の中を通ることが決して神の意地悪や罰ではなく、神が恵みによって、私たちに何かを教え、また救いにあずからせようと厳しい中を通らせなさることがあるのです。エリフは神の知恵と力の優れて卓越していることを語るのでした。