ヨブ記34章1~37節

ヨブはこう言っている。
「私は正しいのに神は私の公正を取り去った。
私は公正であるのに、偽り者とされ私に背きの罪はないのに、矢傷は癒やされない」と。(5~6)

 ヨブの苦しみは、単に多くのものを失ったということではありません。また肉体的な苦痛だけでもありません。多くの人たちがヨブを見捨て、彼に冷たくしたという人間関係の痛みということだけでもありません。正しく、すべてのことを知り、またどんなことでもおできになる全能のお方がおられるなら、その神の御前に正しく、また神に愛されているはずの自分がどうしてこのような苦しみの中を通るのかという神学的な問いなのです。つまり、ヨブは実際にはそこまでは言っていませんが、自分は正しいということを主張する中で、神の方が間違っていると言いたいのかと受け取られかねない発言をしてしまっている・・・エリフはそこを問題にします。
 神は決して悪を行わず、公正を曲げるお方ではない、そこに立ち続けて、今自分の身に起こっていることが理解できなかったとしても、神の手の業に信頼し続けていくことが求められているのです。