ヨブの友人たちは、正しい者は栄え、悪しき者は滅びるという勧善懲悪的な世界観の中で、ヨブがこのようにひどい苦しみの中に置かれるのは、それだけひどい罪を犯したからに違いないとヨブを責めたてました。
しかしヨブには全くそのようなことは身に覚えがありません。かえってヨブは正しい歩みをしてきました。悪から離れ、また弱い立場にある人、困難の中にある人に寄り添い、支援を拒みませんでした。神に愛され、また人にも愛されて歩んできた・・・それがヨブでした。ヨブは自分の歩みをいつも顧み、神の前に自らも、そして自分の家族も正しくあろうとした人です。ヨブの正しさは決して、自らを義として、他の人々を切り捨てるようなものではありませんでした。
ヨブは知っています。神はヨブの道を見つめておられるのです。ヨブの苦しみはヨブの歩みに対する有罪判決ではあり得ないし、またヨブに対する神の罰ではあろうはずがありません。ヨブは神を見上げて叫ぶのです。