人間の生涯は短く、また様々な苦悩に満ちています。そのようなある意味、多くの限界を抱えている人間がまた神の許しの中で多くの苦難に耐えなければならない・・・ヨブは人生の不条理を嘆きます。そもそも地上の生涯は短く、それが終わったらおしまいでもあります。植物でしたら、枯れてもまた翌年芽を出すということがあるでしょう。しかし、人間は死ねば横たわり、目を覚ますことはありません。それはヨブが見ている現実です。
ただ、新約聖書の福音は、死んだ者がまた生きる、という復活の朝を待ち望ませます。確かに人は死んだらおしまいだという一つの現実があります。しかしイエスが死を打ち破って復活してくださったことのゆえに、この十字架・復活の主イエスを信じる者たちもまた、死んでおしまいではない、復活の希望に生きることを許されます。そしてそれは、単なる空しい望みではなく、主イエスの復活を土台とする確かな希望なのです。