ツォファルは、堂々と自説を語り、ヨブを導こうとしていました。しかしヨブには全く彼の言葉は響きません。ヨブの友人たちは、ヨブの嘆きの言葉を聞こうとせず、ただ自説をヨブに押しつけようとしていました。確かに彼らは自分がこのようにヨブに厳しい言葉を語るのは、ヨブのことを思うからだと言ったでしょう。しかし、ヨブは「安楽な思いの中には不運な者への侮蔑がある」と語ります。ヨブの友人たちは自分を安全なところに置いて、ヨブを断罪します。私たちはなかなか厳しい痛みの中にある人の思いを理解できない者です。そして、苦難の中にある人を見ながら、自分はそのような苦しみの中にいなくてよかったと思うのです。実際、いろいろと苦労している人であっても、自分よりももっと厳しい状況の中にある人を探して、自分はあの人ほど大変なところにはいない、本当によかったと、まるで誰かを踏み台にするかのようにして、自分の幸いを確認する・・・「かわいそうな人だ」という見方は、その人をおとしめる見方でもあるのです。