ヨシャファトの死後、その子ヨラムが王位を継ぎます。ヨラムは王位を継いで、その支配が確立していった時に、自分の兄弟たちを剣にかけて殺します。またイスラエルの高官たちも殺しました。ある意味、自分の地位を脅かす可能性がある人々を殺害し、また、自分に逆らって意見するような人は排除していったのです。
またヨラム王は北イスラエル王国と同じように主に罪を犯していきました。様々な偶像礼拝に染まり、また悪を重ねていったのでしょう。聖書はヨラムの妻はアハブの娘(アタルヤ)だったから、と言います。アハブとの間に同盟を結び、アハブとの間に姻戚関係を結んだヨシャファトの責任は重かったと思います。
北王国で主の言葉を語っていたエリヤの手紙の通り、ヨラムは病に打たれて死にました。しかし、主はそれでも南ユダ王国を全く滅ぼし尽くすことはなさいません。主がダビデと結んだ約束のゆえでした。