イスラエルの民はその罪のためにバビロンに捕囚として連れて行かれました。しかし、やがて、バビロンからペルシアの時代になった時に、自分たちの国への帰還を許されたのでした。その間、一代から二代、世代が変わっています。そのような中で自分たちのイスラエル人としてのアイデンティティーを維持するということは決して易しいことではなかっただろうと思います。
特に、祭司・レビ人たちのように、神殿で奉仕することをその職業としていた人たちにとって、神殿が破壊され、エルサレムから捕らえ移されるという中で、自分がアイデンティティーを保つだけでなく、それを異邦の地にあって受け継いでいくということは並大抵のことではなかっただろうことでしょう。しかし、彼らはそれをしました。まさに捕囚の地にあっても、神殿に仕える自分たちの歩みを、(それが神殿礼拝の真ん中に関わることであっても、また門衛というような地味な仕事であっても、)誇りとして歩んでいたのだと思います。