アッシリアの王センナケリブがエルサレムに迫って来た時、南ユダ王国のヒゼキヤ王は一度は恭順を示し、多くの賠償金を払うということもあったようです。しかし、センナケリブの要求がどんどん高くなり、イスラエルを地上から消し去ることまでも受け入れるように求めてくる中で、ヒゼキヤ王は、主なる神に頼って、アッシリアに断固とした態度を取ることを決断したのでしょう。
しかし、ヒゼキヤ王の決断はあまりにも無謀に思えたかもしれません。確かにどんな強い国もアッシリアにはかないませんでした。実際、南ユダ王国よりもずっと大きく強い国々もアッシリアにのみ込まれていきました。どうして南ユダ王国がセンナケリブに勝つことができるでしょう。
そんな中でヒゼキヤは預言者イザヤに祈りを求め、また自らも主の神殿に上って主に祈ります。そして主はヒゼキヤの祈りに答えてくださいました。センナケリブの軍隊の十八万五千人が一夜にして死に、王もニネベに逃げ帰ったのでした。