民数記8章1~26節

あなたはこうして、レビ人をイスラエルの人々の中から区別し、レビ人は私のものとなる。(14)

 イスラエルにおいては最初に生まれた子は神のものとされていました。ただ、実際には、イスラエル全体の初子の代わりに、レビ人が神にささげられ、主に仕える仕事を担うこととなりました。幕屋を運んだり、幕屋での礼拝を支える働きを負っていったのです。
 レビ人たちは、イスラエルの人々の中から区別され、主のものとされました。レビ人たちがその働きをしていくためには、清めの儀式が行われ、主に仕える者として整えられる必要がありました。実際には、たとえば幕屋を運ぶというようなことはいつ必要となるか事前に分かるわけではありません。主がその道を導かれ、イスラエルの民に出立を命じられるときに道に進んだからです。その意味では、レビ人たちは主にささげられたものとして、主の働きをするために、いつ出発することになっても大丈夫であるように、普段から備えられている必要があったことでしょう。私たちも主のものとされています。主に仕えるためにいつも備えられていたいと思います。