創世記18章1~15節

「どうしてサラは、自分は年を取っているのに本当に子どもを産むことなどできるのか、と言って笑ったのか。主にとって不可能なことがあろうか。私があなたのところに戻って来る来年の今頃には、サラに男の子が生まれている。」(13~14)

 主はアブラハムのところを訪ねられます。アブラハムはそこに三人の旅人が来たと思ったでしょう。その二人は主の使いであり、もう一人は主ご自身でした。アブラハムはその三人をもてなします。それは遊牧の民のとても自然なふるまいだったかもしれません。しかし、アブラハムはそのようにして主をもてなしたのです。
 そしてサラに一年後に赤ちゃんが与えられることが告げられます。サラは天幕の入り口で聞いていて、心の中で笑いました。あり得ないことであり、冗談にもなっていないというところだったのでしょう。しかし、サラは「主にとって不可能なことがあろうか」と言われたのでした。サラはここで不信仰の笑いをしました。しかし、一年後、彼女は本当に心の底から笑うようになります。主は約束の通りのことをしてくださったのです。神の語りかけを信仰を持って聞き、神の御業を共に見させていただきたいと思います。