マタイ8章

イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「私は望む。清くなれ」と言われると、たちまち規定の病は清められた。(3)

 マタイは、主イエスの教えは教え、力ある業は力ある業と固める傾向があります。八~九章には主イエスがなさった力ある業・奇跡が次々に記されています。主イエスは人を集めたり、賞賛を得るために奇跡を行われることはありませんでした。それは様々な悩みの中にある人々を助けるためであり、また、主イエスが旧約聖書に約束された救い主メシアであることを証しするしるしだったのです。
 八章の最後には規定の病にかかった人が癒された奇跡が記されています。これは一種の皮膚病だったようですが、この病は宗教的な汚れを意味してるものとして扱われ、社会生活においても片隅に追いやられていました。自他共に、神からも見捨てられた存在という自意識を持っていたことでしょう。しかし、主イエスは手を差し伸べて彼に触り、自分はあなたが規定の病から清められて神さまの前に生きることを望んでいるよ、というように、彼を清めてくださったのでした。主イエスは私にも清くなることを望み、そのようにしてくださるお方です。