エレミヤ20章

私が、「もう主を思い起こさない、その名によって語らない」と思っても、主の言葉は私の心の中、骨の中に閉じ込められて、燃える火のようになります。押さえつけるのに私は疲れ果てました。私は耐えられません。(9)

 この当時、主の神殿の責任者だったのは祭司パシュフルでした。しかし彼はエレミヤの預言を聞いた時、そんんな訳はない、エレミヤは神と王に背くことを語っているというように考えて、エレミヤを捕らえ、しばらくの間、彼を足かせにつなぎました。エレミヤはパシュフルと彼の家に連なる人々がバビロンに捕らえ移され、そこで死ぬことを告げます。エレミヤの語る主の言葉は必ず実現するからです。
 エレミヤが主の言葉を語ることは決して楽しく、易しいことではありませんでした。彼は口を開くと「暴虐だ、破壊だ」と語ります。そして人々はエレミヤの預言を笑い飛ばし、馬鹿にしました。エレミヤは、主の言葉を語るのがつらくなり、黙っていたくなり、生まれてこない方がよかったとさえ思うこともありました。しかし、主の言葉は彼の内で燃える火のようになり、黙っていることはなおさらつらいのです。エレミヤは共にいてくださる主に支えられて語り続けました。