レビ記7章

あなたがたがどこに住もうとも、鳥や家畜の血を食べてはならない。血を食べる者は誰でもその一族から絶たれる。(26~27)

 償いのいけにえ、清めのいけにえ、会食のいけにえ、誓願の献げ物・自発の献げ物など、動物を献げる場合には、共通した決まりがありました。献げ物としてささげる動物の脂肪は神の前に焼いてささげるということと、その動物の血は祭壇の周りに打ちかけて、あがないのために用いることです。動物の血については食べてはならないと命じられています。それは命を重んじるという意味と共に、異教の習慣との区別ということもあったでしょうし、また、様々な風土病からイスラエルの民を守る知恵ということもあったでしょう。
 後に主イエスがヨハネ六章55節「私の肉はまことの食べ物、私の血はまことの飲み物」と語られた時に、ユダヤ人たちが主イエスの言葉につまづいたのには、このような律法の規定の背景もあります。しかし、ヨハネ六章で主イエスが語られたのは、主イエスが十字架の上で裂かれる身体と流される血潮によって、私たちが神に近づく道が開かれるのだということでした。