パウロは「最後に」と書いて、テサロニケのキリスト者たちに「わたしたちのために祈ってほしい」と求めます。もちろん、パウロはテサロニケの人たちのことを愛し、心にかけ、彼らのためにいつも祈っています。まさにパウロはテサロニケの信者たちの母のように、また父のように、彼らを見つめ、彼らが強くされ、また悪しき者たちから守られるように、また様々な困難の中にあっても、彼らが神の愛とキリストの忍耐に生きることができるようにと祈ります。
しかし、同時に、テサロニケにキリストを紹介し、彼らを救いに導いたパウロ自身もまた、彼らの祈りを必要としていました。パウロはこの手紙をコリント宣教にあたりながら書いています。コリントの町でも、主の言葉が広まり、あがめられるように、自分たちが悪しき者のたくらみから守られるように、「祈ってほしい」と心から彼らの祈りを期待しています。私たちは皆、祈り、祈られる交わりの中に置かれているのです。