「その後十四年たってから」というエルサレム訪問がいつのことかについてはいくつかの説があります。パウロはこの時、バルナバ、そして異邦人テトスと一緒にエルサレムに行きました。その時、パウロはエルサレム教会の指導者たちと、異邦人からキリスト者になった人たちにユダヤ人と同じように割礼や律法の遵守を求めるべきかどうかを議論し、自分の立場を説明しました。
パウロ自身がユダヤ人として幼い頃から律法を守ってきた人です。しかし、彼は主イエスを知るまでは救いを知りませんでしたし、キリストにある自由を持っていませんでした。そのような自分の経験もあって、今まで律法を知らずに生きてきた異邦人に律法を行うことを要求し、それを救いの条件として課すことは、彼らを律法の奴隷とすることであり、福音の真理からずれてしまう、とパウロは主張します。これはパウロにとって決してどちらでもよいことではなく、福音の本質に関わることだったのです。