Ⅱコリント4:1~6

「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。(6)

 パウロは神のあわれみを受けて、この福音に仕える者とされています。ですから、パウロは、落胆することなく、恥ずべき隠れたこと・悪だくみなどによって生きるのではなく、神の言をまっすぐに語っていました。パウロは決して自分自身を宣べ伝え、自分の味方を増やそうとしているのではありません。パウロはイエス・キリストを宣べ伝えているのです。パウロ自身はあくまでも、イエスのために働く者であり、コリントの人たちのために仕えていたのです。
 ただ同時に、パウロは自分たちがどれだけ真実を語ったとしても、主イエスを受け入れない人たちがいることも知っていました。それは、福音の問題ではなく、それを受けとめる側の心におおいがかかっていたからです。そのおおいのために福音の輝きが見えなくなってしまっていたのです。ですからパウロは、その栄光をもって、私たちの心を照らしてくださる神にすがるのです。