ローマ5:1~5

このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。(1)

 神は私たちのために「神の義」を与え、私たちが救われる道を開いてくださいました。私たちは主イエスを信じることによって無代価で罪ゆるされ、義とされました。「罪のゆるし」も「義とされること(義認)」も救いの豊かな諸側面の一つをあらわしているものです。救われたということはとても豊かな内容を持っているのです。罪ゆるされたということ・義とされたということはすでに信じた時に起こった出来事です(過去)。そして、私たちは今、神との間に平和を得ています(現在)。けれどもそれだけでなく、神の栄光にあずかるという希望を持っています(未来)。まさに救いは、過去・現在・未来の三時制に及ぶものなのです。  そして、この救いをいただいたお互いは、患難をも喜ぶ歩みをします。患難が忍耐、錬達、そして希望につながることを知っているからです。この希望は、決してしぼむことのない希望なのです。