イエスの十二弟子の一人であったマタイはユダヤ人の読者たちを念頭に置きながらイエスの生涯を綴ったと言われています。
最初に系図が載っていたり、旧約聖書からの引用が多いのもそのためです。
マタイはイエスこそが旧約聖書に約束されていた救い主であることを力強く書いていきます。
最初、マリヤの胎に赤ちゃんができたとき、それは聖霊によって処女マリヤの内に宿ったものでしたが、婚約者ヨセフであってもそれを理解することはできませんでした。
そこで神は天使を遣わして、ヨセフに確証を与えられたのでした。
マリヤの胎に宿ったお方によって「神がわれらと共にいます」ということが実現するのだとのメッセージでした。
神が共にいてくださると言うことはすばらしいメッセージですが同時に罪深い者たちにとってそれは恐ろしいことでもあります。
けれどもイエスによる罪のゆるしによって「神が共にいてくださる」ということが豊かな祝福として受け止められ、実現していくのです。
イエスがベツレヘムにお生まれになったとき、東の国から博士たちがやってきました。
彼らは星の研究家でした。
昔のことですからいわゆる星の動きと世界の動きの関係を調べて、将来のことを預言するような占星術師だったのかもしれません。
もちろん神は、神を信じる私たちが今日の世界の中で星占いに頼ることを決して望んでおられません。
けれども「世界の救いはユダヤ人として生まれる王なるすくい主による」と信じて旅してきた、この異邦人の博士たちの求めを神は受け止めてくださったのでした。
彼らは星を目当てに旅を続けました。
彼らが思っていた王宮では救い主に会うことができませんでしたが、旧約聖書の預言に従って訪ねた田舎の小さな村でイエスに出会うことができました。
彼らはなぜマリヤと共にいたその幼子が約束された救い主であると知ることができたでしょうか。
彼らの求める心に神が答えて星を動かしてくださったのでしょう。
同じ星を見ながら救い主を拝み、ささげものをささげたのが、異邦人の博士たちだけだったのは何とも暗示的です。
バプテスマのヨハネはイエスより半年早く生まれたイエスのいとこで、イエスの一二弟子で福音書を書いたヨハネとは別人です。
ヨハネの出生に関してはルカ一章に詳しく記されています。
バプテスマのヨハネは荒野に住み、毛衣を着て、人々に救い主がまさに来ようとしていることを語りました。
この様子はまさに旧約の危機の時代に預言をしたエリヤを思わせるものでした(列王下一7〜8)。
マラキも救い主が来られる前にエリヤが来て人々の心を準備すると言ったのですが(マラキ四5)、まさしくヨハネはそのような使命を与えられていたのです。
ヨハネが人々の罪を責め、悔い改めのしるしとしてのバプテスマを授けていったときに、人々が「ぞくぞく」集まって来て自分の罪を悔い改めました。
けれどもヨハネは悔い改めにふさわしい生活がなければ何にもならないと指摘しました。
そしてその悔い改めによって罪を赦され、新しい生き方の力を与えられるためには神の「愛する子」イエスの十字架を待たなければなかったのです。
バプテスマをお受けになったイエスは「御霊」によって荒野に導かれ、そこで四十日の断食の後に悪魔の誘惑にあわれました。
神に従って歩むことは誘惑にあわなくなるということではありません。
かえって一番恵まれているときに悪魔は私たちを誘惑しようと近づいてくるのです。
悪魔は三回にわたってイエスを誘惑しようとしましたが、それはいずれも十字架抜きの救い主の道へとイエスを誘うものであり、イエスがこの世に来られた御目的の本質に関わるものでした。
イエスはその悪魔の誘いを三回とも聖書の御言葉によってしりぞけられました。
悪魔に勝つ道は聖書の御言葉を信じ、御言葉に立ち続けることです。
神の御言葉こそが私たちを生かすのです。
毎日食事をするにまさって、御言葉によって力と命をいただいて歩んでいきましょう。
御言葉に信頼して歩むときに悪魔に打ち勝っていくことができます。
「さいわいである」とは何か偶然いいことがあるというようなことではなく、『神に祝福されている』という意味です。
そして、そのさいわいなのは「心の貧しい人たち」と言います。
これは心が「乞食状態」であることを言うのです。
自分の心の貧しさを知って、「どうかお恵みを」と神の恵みを求めないではおれない、そう言う人のことをイエスは祝福されていると言いました。
「憐れんでください、助けてください」と自分の弱さ・貧しさを知って神に願い求める人はさいわいです。
神は必ずそのような求めに答えてくださるからです。
「天国は彼らのもの」。
天国は意志が強く、立派な人々が入る所ではありません。
自分の弱さ・破れ・足りなさを知り、自らがどんなに天国にふさわしくないか、そのことを認めて、神の憐れみにすがる人に神は今日も「天国はあなたのものだ」と声をかけてくださるのです。
イエスが活躍された時代は表面的には宗教が盛んで、聖書の神をユダヤ民族が信じおそれてあゆんでいました。
けれども実質的には宗教の「専門家」が現れ、外側に見える敬虔さを人々に見せて、その宗教性の高さを誇っていました。
神に向かうべきものが人に向かい、神にすがると言うより、自分の信仰深さのゆえに神にかえりみられて当然だと自分の業に頼っていたのです。
しかしイエスは彼らが誇っていた施しも祈りも断食も、人の賞賛を得ようとした時点で、もう意味を失ってしまっていることを指摘されました。
「神はご存じ」。
だとしたら、なぜ私たちは祈る必要があるのでしょうか。
祈る意味とは何なのでしょうか。
祈りとは願い事の羅列ではありませんし、また独り言ではありません。
祈る中で私たちは全部をご存じの神と共通の話題について対話をするのです。
私たちが祈るときに、神は私たちの思いを受け止め、ご自身の思いをも私たちに明らかにしていってくださいます。
「ご存じ」の神の前に生かされている幸いを思います。
神は「求めよ」とおっしゃいます。
神はすべてを持ち、すべてを治めておられる王の王です。
小さいものも大きいもの、どんなものでも与えることがおできになりし、どんな願いにもこたえることができます。
また神は私たちをご自身の子供のように思っていてくださいます。
小さい子供には遠慮はありません。子供は親のふところ具合を心配したりしません。
それは親を信頼しているからです。私たちは求めることにおいて大胆であって良いのです。
そして神はいつも私たちのために最善を願い、「良いもの」(12節)をくださいます。
神は私たちを愛していてくださるからです。
それでは私たちは何を求めましょうか。それではあれもこれも・・・。
六章33節には「まず神の国と神の義を求めなさい」とあります。
あとのものは「添えて与えられる」おまけです。
神は私たちのどんな願い求めも聞いてくださいます。
けれども欲しいのは「おまけ」だけで、本当に神が与えたいと願っておられるものには興味がないということのないようにと思います。
山の上でのイエスのすばらしいメッセージに人々はよいしれていたでしょう。
けれどもイエスはその山から降りて行かれました。
弟子たちもイエスの周りに集まって話を聞いていた人々の一緒です。
けれども山を下っていった彼らが最初に直面したのは悲惨な現実でした。
ひとりのらい病人が近づいてきたのです。
当時、らい病は不治の病として恐れられていただけではなく、宗教的にも汚れた者とされ、神に呪われた者としてとらえられていました。
彼らは健康な人々に近づくことを固く禁じられ、町の外に住んでいました。
けれどもこのらい病人は大胆にもイエスのもとに近づきます。
信仰をもって近づいたこの男をイエスはみこころにとめていやしてくださったのでした。
私たちは体は健康かもしれません。
けれども心が罪にむしばまれて、体が少しずつ腐って無感覚になり、最後は滅びにいたるらい病のようになってはいないでしょうか。
私たちの罪をゆるし、罪からきよめてくださるのは主イエスだけです。
イエスのもとに一人の中風の男が連れられてきました。
他の福音書の記事によれば、四人の男たちが彼を布団ごと抱えて連れてきたようです。
イエスのところに行くことを彼自身が願ったのか、それとも四人の友人がそのことを願い、計画・実行したのかは、定かではありません。
けれども彼らが期待していたのは中風の男が癒されて元気になることだったはずです。
けれども、イエスはこの中風の男を違った視点で見ておられました。
この男の第一の問題は決して病気の問題ではない。
もっと深い、核心に迫る問題は罪の問題だ・・・イエスは見ておられたのです。
ですからイエスは「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」と罪の赦しを宣言されたのです。
私たちの生涯の中にもいろいろな複雑な問題・悲惨な現実があります。
けれどもどんな目に見える現実より恐ろしいのは罪の現実であり、罪にとらわれた人間の悲惨さであり、その罪のもたらす結末の大きさです。
けれどもイエスはその問題に解決を与えてくださるのです。
イエスは一二弟子を二人一組にして伝道に遣わされました。
イエスとしばらく一緒にいたと言ってもやはり不安も大きかったはずです。
そんな彼らに、語るべき事も神様が教えてくださることを告げ、恐れず、神に信頼して歩むようにと彼らを励まされたのでした。
一アサリオンとは当時市場に出回っていたローマの最小単位の貨幣です。
二羽のすずめが一アサリオンと言うことはすずめは一羽では値段もつかなかったということです。
そんな小さな価値しか認められていないようなすずめでさえ、わたしの「父」は守っていてくださるのだ。
だとしたら、なおさら、あなたのことを守ってくださらないことがあろうか、とイエスは語られます。
イエスに従う道は決して楽で労力のいらない苦労のない道ではないでしょう。
私たちは人間として当然、恐れを覚えます。
けれども神は私たちを守ってくださるのです。
疲れた顔・苦労した顔の人はあまり人気はありません。
やはり人気があり、求められているのは元気で、力にあふれている人です。けれどもイエスは疲れ、苦労している人に「私の所に来なさい」と招きの声をかけてくださいます。
この招きの言葉は単に求道者の人たち語られた言葉ではありません。
クリスチャンであっても疲れることがありませんか。「クリスチャンはいつも元気でなければならない」と自分でも思い、また人からも言われると、だんだん信仰生活が重荷になってきます。
クリスチャンでも疲れることはありますし、苦労することがあるのです。
けれども私たちには逃げ込むことのできる場所があります。
イエスのところです。
イエスは私たちがどんなに疲れ、迷い、落ち込んでいても、私たちに休みを与え、日々必要な力を与えてくださるのです。
ただイエスに学び、イエスと共に歩んでいくときに魂に真の休みが与えられるのです。
私たちは何か口がすべって何か人を傷つけるようなことを言ってしまった場合、「心にもないことを言いました」と言い訳することがありますが、イエスは心にあるから口が語るのだとおっしゃいました。
口数の多い人は当然、口の失敗も多くなります。
「口は災いのもと」という言い方があるくらいです。
イエスも人はその語る言葉について最後の審判の時に言い開きをしなければならないと教えられました。
それは多くの場合、口の語る言葉がその人の心の中を表してしまうからです。心の倉が良いものであふれていたら、そこから口を通って出てくるものも当然良いものです。
私たちは口の過ちを犯さないように気をつけるという以上に自らの心のあり方を日々御言葉の光に照らして点検したいと思います。
どんなに調子のいい車でも点検を怠っていると最初は良くてもいつかは具合が悪くなります。
見た目に調子が悪い所はなくても点検をし続けることは安全運転のために欠かせません。
心の点検をして、イエスの恵みによって今日も心をきよめていただきましょう。
イエスはこの一三章で「天国のたとえ」をなさいます。
これは単に私たちが死んでから行く場所のことではなく、イエスによってもたらされた「神の支配」について語られたのです。
イエスは教えられるときによく「たとえ」を用いられました。
身近な題材を取り上げてたとえとして語られましたので、子供であってもイエスの話を理解することができました。
けれども同時に信じる心を持たない人には(それがたとい聖書の学者であっても)理解ができないものだったのです。
この種まきの光景もごく日常的なものであったはずです。
種とは御言葉、それが落ちた四つの地とは御言葉を受け止める四種類の心です。
当然私たちは何十倍・何百倍もの実を結んだ地のようでありたいと思います。
信仰とはいつでも御言葉を聞くことから始まります。
そして「御言葉を聞いて悟る」とは単に頭で「分かった」というだけではなく、その御言葉を心にしっかり根付かせ、その御言葉に従って生きていくということなのです。
弟子たちはイエスによって無理矢理、舟に乗せられ、向こう岸へと先に行かせられました。
五千人の給食というすばらしい奇跡がイエスによって行われ、弟子たちも胸躍るそんな時でした。
主の栄光の余韻にひたっていたい、きっと弟子たちはそんな気持ちだったでしょう。
けれども、イエスは彼らがそこにとどまることを許されませんでした。
イエスに従って進んだ彼らを待ち受けていたのはとんでもない逆風でした。
弟子たちの数人はガリラヤの漁師でしたから嵐に遭うのは決して珍しくはなかったはずです。
けれども彼らもその嵐の中で夕方から明け方まで悩み続けます。
「イエス様さえいてくださったら」と彼らは思ったでしょう。
しかしイエスは弟子たちも期待していなかったその嵐の海の上に決して沈まないお方として立たれたのでした。
「私である」という宣言はまさしく主である私がここにいるのだという力強い宣言でした。
文語訳で覚えておられる方も多いことでしょう。
「心やすかれ、我なり、恐るな」
パリサイ人も律法学者も聖書を良く読み、研究し、聖書の言葉を守ろうとしていました。
ただ、彼らの問題は聖書の言葉を規則集として読み、自分の力で聖書の言葉の要求を満たしていこうとしたことにあります。
その結果、彼らは聖書の意味する所を細かい規則に置き換え、それを守ることに自己満足を覚え、守れない人々を断罪していったのです。
彼らは熱心でした。
宗教家として人々の尊敬も集めていました。
けれどもイエスはイザヤ書の言葉を引用して彼らの信仰がいかにも表面的であり、その心が神様から遠く離れてしまっていることを指摘されたのでした。
熱心がいけなかったのではありません。
自分の熱心によって御言葉の義を全うし、神の恵みにすがろうとしなかったその姿勢が問題とされたのです。
外見の宗教生活ばかりを問題とし、心の内側を見ようしなかったことが問題だったのです。
私たちの心は神様から近いでしょうか。
ペテロが、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と信仰告白したとき、イエスはこのペテロの信仰告白を土台として教会は建てられるのだと宣言されました。
この信仰告白には二つの要素があります。
一つはイエスこそが旧約聖書に約束されている救い主・油注がれた者(メシヤ)だという告白です。
メシヤ(ギリシャ語ではキリスト)・油注がれた者とは旧約聖書の時代に王・大祭司・預言者が任じられるときに神の召しのしるしとして油が注がれたことからきています。
やがて神が選ばれた王・大祭司・預言者なる救い主が来てくださるという旧約聖書の預言はイエスにおいて成就したのだという信仰です。
けれどももう一つは、神が送られた約束のメシヤは生ける神の子であるという信仰です。
生ける神様は私たちを救うために預言者でも御使いでもなく、ご自身の一人子を遣わしてくださったのです。
そしてこの信仰告白を土台として教会を建ててくださるのはイエスご自身なのです。
ペテロの信仰告白の後、イエスは三人の弟子たちを連れて山に登り、その山の上でイエスの姿が変わり白く輝き、律法を代表するモーセと預言者を代表するエリヤが現れるという変貌山の出来事が起こります。
この出来事はイエスの変貌された姿を見せられた三人の弟子たちに大きなインパクトを与えます(2ペテロ一16〜18)。
しかし、山から下りてきた彼らが直面したのは悪霊につかれた息子を抱えてうろたえる父親と無力な弟子たちの姿でした。
その子供をいやされた後で、イエスは弟子たちに「信仰が足りない」とおっしゃいました。
それではどれだけ信仰が必要なのでしょうか。「からし種一粒ほど」。
からし種とはこれ以上小さいものはないというたとえです。
それが足りないということは、信じていない、信仰が働いていないということです。
小さい信仰であってもそれが神の御旨であれば、必ず山を動かしていきます。
私たちは偉大な信仰の持ち主でないかもしれません。
けれどもからし種の信仰でも私たちの信じる方は偉大な方なのです。
アメリカやロシアの大統領ならいざ知らず、私たちが二人集まっても世界は目もくれないでしょう。
けれども天地を造られた主は、この小さな者たちがたとい二人であっても、集まって心を一つにして祈るときにその祈りを聞いてくださり、その祈りに注目し、耳を傾けてくださいます。
「どんな願い事でも」と主は言われます。
小さなことも主は喜んで聞いてくださいます。
けれども天地を造られた主に求めるのですから、私たちは大胆に大きなことを主に求めていくべきでしょう。
主はかなえてくださるのです。
「他の誰かなら知らないけれど、このお方は大丈夫だ、なぜなら『私の父』なのだから」とイエスは私たちを今日も励ましていてくださいます。
祈祷会に出ることのできる方はぜひ集まって祈りましょう。
それが許されない方は家庭で集まって、また一人の方もぜひ教会の祈祷課題なども用いて祈って頂きたいと思います。
資産家の真面目な青年が悲しみながらイエスのもとを立ち去ったときに、イエスは「富んでいる人が天国に入るのは難しい」としみじみ言われます。
このことは弟子たちにとって大きな驚きでした。
当時の人々が皆考えていたのは、富んでいる人は神様から愛され祝福されているという事だったからです。
けれども富を持つようになると、神ではなくそこにある富に頼りがちになってしまうのです。
富自体に問題があるとか、何でもささげればいいということではありません。
神は私たちに必要なものを与えて、それを上手に使うようにと管理を委ねておられるからです。
ただ、お金でも何でも、いざというときに神にささげることのできない何かを持っているということは私たちの信仰生活の足を引っ張ることになります。
この青年のもう一つの問題は自分のよいおこないによって救われようとしたことです。
これは人にはできないのです。
それをまず認めるときに、「神にはできる」という信仰の世界が開けていきます。
ぶどう園の労働者のたとえと言われる天国のたとえです。
ぶどう園に朝一番、九時、一二時、三時、五時と駆り出された人々がいて、そして午後六時に仕事が終わってその日の賃金が払われるときに、五時に雇われた者たちも、朝から仕事をした者たちも同じ給料だったというのです。
この話を読みますと、やはり朝一番から仕事をした者たちの文句もよく分かるのです。
このたとえが分かるかどうかは自分をどのグループに置くかにかかっています。
五時から雇われた者たちは「誰にも雇ってもらえない」いわば余り者でした。
彼らは一日仕事もなく、不安と失意の中に一日を終わろうとしています。
けれども、そんな時に、このぶどう園の主人に拾われたのです。
主人は何と気前が良く、優しかったことでしょうか。
一デナリをもらっても朝一のグループが文句を言うのを彼らはどんな思いで聞いていたでしょうか。
そしてこの主人の優しい言葉にどんなに慰められたことでしょうか。
きっと次の日は朝一番にぶどう園に現れたことでしょう。
恵みによって入る天国の姿を味わってください。
イエスにとって神殿は特別な場所でした。
それはやはり神殿を大切に思っていた当時の宗教家たちともまた全く異なるものでした。
イエスにとって神殿は「父の家」(ルカ二49)でした。
そこは父なる神の臨在される場所であり、「私の家」でした。
最も懐かしく、安らげる、自分の帰るべき家でした。
けれども同時にそこは「祈りの家」でした。
イエスはそこで祈りたいと願われたのに、また多くの人の祈る姿を見たかったのに、それとは全く違う光景が繰り広げられていたのです。
そこで商売をしていた者たちも元々は良い動機で、礼拝をする人々の便宜をはかり、遠くから礼拝者たちのためにささげものにする動物を売り、当時日常生活で使っていたローマの貨幣を献金に使うためにユダヤのお金に換えていたのでした。
けれども、それがいい商売だったことも事実だったようです。
イエスは怒り、商売人たちを手荒に追い出します。
このことにおいてはイエスは妥協したくなかったのです。
イエスは今日あなたに何を語られるでしょうか。
エルサレムに上られたイエスのもとには連日、イエスの失言を期待した反対者たちも集まって、イエスに様々な質問をしました。
サドカイ人は神殿礼拝に携わる現実者、ヘロデ党の者たちは政治的熱狂集団、パリサイ人・律法学者は真面目だが冷たい宗教家たち……。
考え・主張は違いましたが、イエスが邪魔だと言う点では一致していました。
その当時彼らが持っていた旧約聖書の言葉の中で一番大切なのは?と尋ねてきた律法学者にイエスはこの御言葉を語られました。
申命記六5の御言葉で、この言葉は今でもユダヤ人たちが成人する時(宗教的な儀式で一二歳位)には必ず暗唱していなければいけない御言葉です。
当然、彼らは何百回何千回と唱えていた言葉だったでしょう。
神を心も思いも精神も全部を用いて愛する、それは幾千の細かい規定を守るより基本的なこと・大切なことだとイエスは教えられました。
愛は中途半端はできません。
私たちはどれだけ神を愛しているのでしょうか。
いや、私たちを救ってくださった神を本当に愛しているでしょうか。
二三章は全体が律法学者・パリサイ人に対する嘆き・警告・非難です。彼らは自分たちになり一生懸命「宗教」していました。
人一番真面目で熱心でした。
けれどもいつの間にか人から見られる外側を取り繕うことだけに熱心になり、自分の努力・誠実さを誇り、他人を見下げるようになっていました。
熱心であることは大切なこと・すばらしいことです。
けれども本当に熱心な人はますます謙虚になって神の恵みに頼るべきです(1コリント一五10)。
イエスは外側を良く見せることばかりにとらわれていた律法学者・パリサイ人たちに「まず内側を」とおっしゃいました。
外側がどうでもいいというわけではありません。
内側が変わるときに外側もとってつけたようなきよさではなく、きよくされていくのです。
内側は多くの場合、他の人々からは見えません。
けれども御言葉に照らして静かに自分を振り返るときに自分には見えてくるはずです。
人ごとではない、「私」の内側がどうであるかを示していただきましょう。
そして、今日も内側をきよめてくださる神様にすがりましょう。
弟子たちが見ていたのは輝かしい神殿の建物でした。
当時の建物はヘロデ大王)の時代から四六年にもわたって建てられていた建物で(ヨハネ二20)イエスの時代にも完成していなかったと言われています。
それはそれはすばらしい建物で、特に朝日・夕日の時間にはその光があたって神殿が照り輝いたと言われます。
けれどもイエスは目に見えるものはやがて崩れていくこと(二四章の預言には紀元七〇年にエルサレムが陥落していく時に成就した部分と、これからイエスの再臨において成就する部分があります)、そしてその最後の時にイエスが天の雲に乗ってもう一度来られることを約束されました。
再臨の約束です。
私たちは今も滅びることのない主のお言葉に立って、イエスの再臨を待っています。
イエスの再臨にはいくつかの前兆があります。
地震・戦争・迫害・偽キリストの出現・愛の欠乏・全世界への福音の宣教などです。
そしてもう一つ、今日は再臨はないだろうと多くの人が思って、自分勝手に生きている時だというのです。
あなたの準備はどうですか。
二四章で「忠実で思慮深い」(45節)ことが再臨のイエスを待ち望む者に求められることが言われたのですが、二五章では「思慮深い」「忠実」ということがどういうことなのかたとえを用いて語られています。
一タラントは六千デナリ(一デナリは同時の労働者の一日分の給料)ですから、一タラントと言っても二十年分の給料、決して小さいお金ではありません。
これは主人の三人の僕に対する大きな信頼を表しています。
五タラント・二タラント預けられた者はそれぞれそれを活用して、お金をもうけますが、一タラント預けられた者はそれを埋めてしまいます。
彼には主人に対する信頼はかけらも無かったのです。
一タラント預けられた者に五タラントもうけることは求められていません。
大切なことは「忠実」であること、とりわけ小さい事において忠実であることです。
神様は私たち一人一人をも信頼して多くのものを預けてくださっています。
与えられた賜物を隠さないでどんどん活用してください。
主人の喜びこそが私たちの喜びです。
イエスが十字架を前に祈られた祈りです。
もちろんイエスは自分が十字架にかかることも三日目によみがえることも知り、弟子たちにも予告しておられました。
けれども、十字架につけられ、神に呪われ捨てられると言うことは、イエスにとっても決して生やさしいことではなかったのです。
人となられたイエスに「わたしの思い」があったということは何と大きな慰めでしょうか。
人間的にはイエスにも神のみこころを知る中で悲しみ・苦しみがあり、自らの思いとの間にギャップ(?)があったのです。
けれどもイエスは死ぬほどの悲しみと悩みを伴う祈りの結果として「しかし……みこころのままに」と、最善をなされる神の御旨にすべてをゆだねられたのでした。
「神のみこころ」と言う言葉はあまり軽々しく使うべきではありません。
神様に「私の思い」を知っていただきましょう。
祈ることもせずに、何でも御心のままにというのはどうも軽過ぎるように思います。
神のみこころを受け入れると言うことはそれなりの覚悟を必要とするものだからです。
このクレネ人シモンにとっては迷惑この上ないことでした。
彼は遠いクレネ(北アフリカ・リビア)から過越しの祭りのためにやってきた信心深い外国人でした。
クレネからエルサレムに来ると言うことは易しいことではなかったはずです。
時間もお金もかけて、彼はエルサレムでの礼拝を楽しみにしてやってきたはずです。
けれどもエルサレムで彼が十字架の行列に出くわしたとき、彼の夢も楽しみも無惨に砕かれてしまいました。
神に呪われた十字架を運んだシモンはその日の夕方の祭りの食事におそらく参加できなかったでしょう。
けれどもここで聖書にシモンの名前が残されていると言うことはマタイによる福音書が書かれたとき、彼の名前が教会の中で知られていたことを暗示しています。
マルコはシモンの二人の子がアレキサンデルとルポスだったと言います。
その家族も初代教会の中で用いられたようです。
彼とその家族の生涯はこの無理矢理負わされた十字架によって変えられたのです。
イエスは葬られて三日目に死を打ち破ってよみがえってくださいました。
イエスの体は硬直し、腐り始めていたでしょう。
けれどもイエスはよみがえって下さいました。
死の力もイエスを押えることはできなかったのです。
天でも地でも権威を持っているのは悪魔でも天使でもありません。
大統領でも総理大臣でも資産家でも社長でもありません。
また病魔でも死でもありませし、お金でも健康でも美貌でもありません。
イエス・キリストです。
このお方がすべてのことにおいて主権と権威を持っておられます。
私たちの人生の主権者もこの「主」です。
これは私たちの自由や責任を否定するものではありません。
私たちにはこの主権者なる主に従い、主に信頼して生きる自由と責任が与えられているのです。
そしてこの主権者なるお方は私たちに生きる使命を与え、「共にいる」という臨在の約束を与えてくださっているのです。